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毎日新聞 2月18日(土)17時34分配信

 ◇「勉強、一生続けていく」

 学校は私の人生の中で美しく光っています--。夜間中学の神戸市立丸山中学西野分校(同市須磨区)に通うベトナム・ホーチミン市出身のブー・ティ・ティエン・キムさん(54)が3月9日の卒業式を前に、3年間の思いをつづった作文を書き上げた。覚えた日本語を精いっぱい使って懸命に勉強した日々を振り返る作文からは、学ぶことの喜びが伝わってくる。キムさんは“巣立ち”を前に、「せっかく覚えたことを年老いて忘れるのは絶対嫌。勉強は一生、続けていきます」と決意を語る。【村上正】

 <私はベトナム人で他の日本人のみなさんと比べれば若いですが学校に来れば、みんなが生徒です。年齢や国籍による差別もありません。みんな仲良く助け合ってます>

 キムさんは99年、元ボートピープルの長男に呼び寄せられ、夫や子ども5人と来日。まだ幼かった子どもたちを学校に通わせるため、ケミカルシューズの内職で生活を支えた。一方で、日本語が分からないため、病院や買い物には「通訳」として子どもたちの付き添いが欠かせなかった。

 来日から10年が過ぎ、子どもたちは成長、孫もできた。日本での暮らしが好きになったが、親切にしてくれる地元住民やかかりつけの医師らと会話ができないのが一番のストレスだった。もやもやした気持ちを抱えていた頃、ベトナム人の友人から同分校について教えてもらった。

 「日本語を話したい」。その思いは次第に膨れあがった。「もういい年だから」と子どもたちに反対されたが、暮らしも落ち着いた09年春に入学した。

 同分校は、戦争のため十分に学校に通えなかった日本人のお年寄りや元中国残留孤児、在日外国人の生徒ら33人が学ぶ。

 <いつも自分に『勉強大事。さいごまでがんばる』と心の中でいいます。病院に行ったとき、買い物に行ったとき、日本語で話しができます。西野分校に来るまで、とてもこまりました。今はしんぱいなしで買い物ができます>

 ノートを真っ黒にしながら、とにかく書いて覚えた。「すぐに忘れてしまう」から勉強は家に帰っても続けた。どんどん言葉を覚え理解できるようになっていくのがうれしかった。「お先に失礼します」など相手を気遣う言葉が特に気に入った。分校に通い出し、行きつけの肉屋で「豚骨はありますか」と聞くと、キムさんの日本語に驚いた店員は拍手をしてくれた。洋服店に行っても「試着をさせてください」と言え、1人で買い物もできるようになった。

 <西野分校で初めて花見をしました。美術館にも行きました。文化発表会は自分の力をぜんぶ出しました>

 一番の思い出の文化発表会では、自国文化の紹介や、日本での生活を振り返る作文を読んだ。3年生では仲間が演じた劇のナレーションを務め、たくさんの言葉を話せるようになったことが実感できた。学ぶことはキムさんにとって異国で生きるということだった。卒業で級友や教師と一緒に学べなくなるのに寂しさを感じながらも、最後はこう結ぶ。

 <勉強が大好きです。今、私の心は喜びでいっぱいです。ほんとうに楽しかった>

 キムさんは23日、全校生徒の前で作文を披露する。.

最終更新:2月18日(土)17時34分

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日本にいる外国人にも様々なケースがある。
その人々に共通していることは勉強熱心なことかもしれない。
来日してから10年余り日本語が話せなくて大変不自由しただろう。
その分、学校で日本語を学んだことは今後の彼女の人生を大きく変えただろう。
日本語で作文を書いたり、劇のナレーターを務めたり。
逆に私が英語ベトナム語で同様のことができるかと言えば、ノーである。
彼女のように日々勉強を続けられる人になりたい。

byMT
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